本事件は、原告が長期間にわたって「らくらく+(椅子の普通名称)」の商標を使用していましたが、「らくらく」部分の周知性は認められず、後願商標「らくらく」の商標登録を無効にできなかった事案です。特許庁、知財高裁のいずれにおいても、同様の判断がなされています。
「らくらく+(椅子の普通名称)」のある程度の周知性が認められているため、侵害訴訟が提起された場合には先使用権が認められる余地があると思われますが、自己の使用する商標について正当な権原があることを客観的に示すためにも、改めて重要な商標については早めに出願しておくことを意識させられる事案です。
事件:平成31年( 行ケ) 第10062号(審決取消請求事件、知財高裁)
◆事件の概要
原告は、被告の登録商標「らくらく」(登録第5614453号)に対して、商標法第4条1項第10号に該当するとして、商標登録無効審判(無効2018-890044号事件)を請求したところ、当該請求は棄却された。そこで、原告は、本件審決の取消しを求める審決取消訴訟を提起した。
商標:「らくらく」(標準文字)
出願日:2013年4月13日
登録日:2013年9月13日
指定商品:第20類「家具,机類」
(主文)
原告の請求を棄却する。
(当裁判所の判断)
・認定事実
原告は、昭和63年頃から原告商品の販売を開始し、30年以上継続して販売していることがうかがわれ、その販売数は、平成12年及び平成15年から平成25年の12年間で約75万個に上っていること、平成14年から平成18年にかけて生活産業新聞に75回にわたり、原告商品の広告が掲載されたほか、各種カタログ、チラシやアマゾンのウェブサイト等にも原告商品の広告が掲載されたことが認められる。
しかしながら、原告が販売する原告商品の包装箱には、「らくらく椅子」、「らくらく正座椅子」又は「らくらく二段正座椅子」との標章が付されており、「らくらく」の文字のみが単独で使用されたものはない(前記認定事実(2) イ)。
また、原告商品の広告等には、その多くにおいて「らくらく正座椅子」との標章が付されており、「らくらく万能座椅子」、「らくらく万能正座椅子」、「らくらく正座いす」、「らくらく椅子」の標章が付されたものもあるものの、「らくらく」の文字のみが単独で使用されたものはない(前記認定事実(2) ウ)。
そうすると、原告の主張する引用商標「らくらく」が、本件商標の登録出願時及び登録査定時において、原告商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたものとは認められないというべきである。
・原告の主張について
原告は、「らくらく正座椅子」は、「らくらく」と「正座椅子」とを結合した構成から成る結合商標であるが、「らくらく」の文字部分のみが商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものであるから、この部分のみを原告の使用商標として抽出すべきであると主張する。
しかし、「らくらく」は、「楽」であることを意味する語であり、足の痺れや膝頭の痛みが緩和され、楽に正座をすることができるとの原告商品の機能を表している。また、「正座椅子」は、正座用の椅子を意味する語であり、原告商品の用途又は商品の種類そのものを表している。よって、いずれも、それぞれの文字部分のみによって出所識別標識としての機能を発揮するとはいえない。
そうすると、原告商品の表示から、「らくらく」の文字部分のみが商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものとはいえず、「らくらく」の文字部分のみを要部として抽出することはできない。よって、原告の主張は採用できない。
また、原告は、「らくらく正座椅子」から「らくらく」を抽出しているとの取引の実情に照らしても、「らくらく」の部分のみを原告の使用商標として抽出すべきであるとも主張する。
しかし、原告商品が「らくらく」と略称されているなどして、「らくらく正座椅子」から「らくらく」を抽出していることを認めるに足りる証拠はない。原告は、取引者である原告と被告が、「らくらく正座椅子」から「らくらく」を抽出していることを前提に本件審判請求やそれ以前の折衝を行っていたことをもって、「らくらく」を抽出する取引の実情があるとも主張するが、本件審判手続における当事者の主張内容をもって、「らくらく正座椅子」から「らくらく」を抽出していることが取引の実情であると認めることはできず、原告の主張は採用できない。
・小括
以上によれば、本件商標は、商標法4条1項10号に該当するものではない。
◆参考(本件審決の内容の一部抜粋)
請求人商品の広告が「らくらく正座椅子」の文字及び「住友産業」の文字とともに生活産業新聞に平成14年1月から同18年12月まで継続して75回掲載されたこと,請求人が請求人商品を昭和63年頃から現在まで30年以上継続して販売していることがうかがえることから,「らくらく正座椅子」の文字は,請求人の業務に係る商品(正座用の椅子)を表示するものとして,正座用の椅子の取引者,需要者の間にある程度知られていることがうかがえる。
しかしながら,「らくらく」の文字は,仮に請求人の主張する「らくらく正座椅子」の販売数が事実であるとしても,請求人商品には,そのほとんどに「らくらく正座椅子」の文字が使用され,「らくらく」の文字が単独で用いられていると認められるものは1件のみであること,及び請求人商品が「らくらく」と略称されていると認め得る事情も見いだせないことからすれば,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,他人(請求人)の業務に係る商品であることを表示するものとして需要者の間に広く認識されていたものとは認めることができない。
そうすると,「らくらく」の文字からなる引用商標は,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,他人(請求人)の業務に係る商品であることを表示するものとして需要者の間に広く認識されていたものとは認めることができない。