コート事件【意匠判決紹介】

平成29年(行ケ)第10234号 審決取消請求事件

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/897/087897_hanrei.pdf

■事件の概要

 原告は、物品「コート」に係る意匠登録を有する意匠権者です。原告が、被告に対し、本件意匠登録に係る意匠権にもとづき権利行使を行ったため、被告は、本件意匠登録に対する無効審判を請求しました(無効2016-880020)。特許庁は本件意匠登録を無効とする審決をしたため、原告は、当該審決の取消しを求める本件訴訟を提起しました。

 本件審決及び本件訴訟では、引用意匠が、新規性喪失の例外適用申請の証明書に記載された公開意匠と実質的に同一の意匠であるか否かが争われました。

 

本件登録意匠(第1537464号)

本件コート

 

 

新喪例申請の証明書に記載された公開意匠

本件登録意匠

 

引用意匠

 

引用意匠2

 

 

■裁判所の判断

・公開意匠と引用意匠の実質的同一性について(意匠法4条2項の適用に関する判断について)

 本件審決において被告が引用意匠としたのは、原告自身が本件意匠の出願前にインターネットなどで公開した意匠でした。原告は、本件意匠の出願時に新規性喪失の例外適用の申請をし、出願前にインターネットなどで公開した意匠を記載した証明書を提出していましたが、引用意匠の公開については証明書に記載していませんでした。公開意匠と引用意匠の違いは、引用意匠にはフードにファーが付く点と、そのフードのファーが取り外し可能である点です。公開意匠のフードにはファーが付いていませんでした。

原告は、証明書に記載した公開意匠と、引用意匠とは実質的に同一であって、引用意匠も例外適用の対象とすべきであり、本件登録意匠は意匠法3条1項3号及び2項には該当しないと主張しましたが、裁判所は、公開意匠と引用意匠は以下の理由から実質的に同一とはいえず、引用意匠については新喪例の適用はされないと判断しました。

「上記のとおり,引用意匠は,フードにファーが付く点及びフードのファーが取り外し可能である点において公開意匠と明らかに相違すると認められるところ,かかる変化の態様が,本件証明書において説明ないし図示されていなかったとしても,物品の性質や機能に照らして十分理解することができる範囲内のものであると認められれば,なお,引用意匠は公開意匠と実質的にみて同一であると評価する余地がある

しかしながら,フードやファー,ベルト,ブローチなどを取り外して複数の組合せを楽しむことができる女性用コートであれば,説明や図示がなくても,通常はフードにファーが付くことや,当該フードのファーが取り外し可能である,ということを十分理解できると認めるに足る証拠はなく,商品名に「5way」なる文言が付されていることも直ちにその認定を左右するものとは認められない(アパレル業界,少なくともコートの業界において,「5way」なる文言が多義的な意味で用いられていることは,被告提出の証拠〔乙24ないし27等〕によっても明らかであるし,これらの証拠によれば,むしろ,変化の態様が公開意匠に近いものであっても,フードにファーが付かないタイプのコートが現に存在することが認められる。)。

また,女性用コートの意匠において,フードにファーが付くことそれ自体はありふれた構成の一つにすぎなかったとしても,現にフードにファーが付くか否かによって,その意匠から受ける需要者の印象が異なり得ることは明らかというべきであるし,このことは原告自身も認めているところである(原告は,原告準備書面(2)の3頁において,「通常,ファーはエレガント感を強めるので,フードのファー,袖のファーの取付け,取り外しが簡単にできるようにして,カジュアル感がなくならないように配慮したものである。」と主張しており,これによれば,原告は,ファーの有無がエレガント感やカジュアル感の強弱に影響を与える意匠的特徴の一つであることを自ら認めているといえる。)。

そうすると,引用意匠及び公開意匠が,共にいわゆる動的意匠であって変化の態様を有することを踏まえたとしても,フードにファーが付く点及びフードのファーが取り外し可能である点が物品の機能や性質に照らして十分理解することができる範囲内のものであると評価することはできず,この点の相違は実質的な相違に当たると認めるのが相当である。

以上によれば,引用意匠が本件証明書に記載されている公開意匠と実質的に同一の意匠であるとは認められず,したがって,原告が特許庁長官に提出した本件証明書(甲2の1)が引用意匠についてのものであると認めることはできない

してみると,引用意匠については,そもそも,意匠法4条3項所定の証明書が提出されていないことに帰するから,原告は引用意匠について同条2項の適用を受ける余地はない。」

 そして、裁判所は、引用意匠について新規性喪失の例外の適用は認められないところ、本件登録意匠と引用意匠は類似するとして、本件意匠登録を無効とした審決に誤りはないと判断しました。

■コメント

 出願前に意匠を公開した場合、その公開が出願前一年以内であれば、新規性喪失の例外適用を申請し公開事実について証明することで、その公開意匠については拒絶・無効の引例にならないという例外扱いをしてもらうことができます。ただ、例外適用を受けるためには、原則としてそれぞれの公開事実ごとに証明をする必要があります。

 本件では、原告は一つの公開事実については証明していたものの、証明から漏れていた他の公開事実によって登録が取り消されてしまいました(証明した公開意匠と、引用意匠は実質的に同一なので、引用意匠についても証明したとみるべき、との主張は認められませんでした)。

 意匠は物の見た目のため公知になりやすいですし、通常は製品として完成してから出願するため出願前に世の中に公開されてしまいやすいです。また、インターネットの発達などにより、公開の方法も多種多様にわたります。出願前の公開事実について証明しようにも、いつどこでどんなふうに公開したのか、その公開事実の把握自体もとても大変です。それでも、現在の制度では、本件のようにあとから無効理由とされてしまうリスクがあるため、出願前に意匠を公開した場合は、可能な限りすべての公開事実について証明をしておくのが安全です。

徳永弥生

徳永弥生