金魚電話ボックス事件【著作権判決紹介】

令和元年(ネ)第1735号 著作権に基づく差止等請求控訴事件(知財高裁)

判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/019/090019_hanrei.pdf
(原審:奈良地方裁判所所平成30年(ワ)第466号)

本事件は、被控訴人ら(一審被告ら)の制作・展示による美術作品が、控訴人(一審原告)の著作物を複製したものであるとして、著作権(複製権)侵害等により訴えが提起されたものです。原審においては控訴人の主張は退けられたものの、本件の控訴審において控訴人の請求が認められる判決が出ました。ニュースなどでも取り上げられていたため、事件をご存じの方もいらっしゃるかと思います。上手くまとめられず長くなりましたが、ざっと流し読みでもしていただければ幸いです。

原告作品

原告作品の外見は公衆電話ボックスに酷似したものであるが,控訴人が一から制作したものであり,電話ボックス様の造作水槽,その内部に設置された公衆電話機様の造作と棚,水槽を満たす水,水の中に泳ぐ主に赤色の金魚から成る。ただし,側面は4面とも全面がアクリルガラスであり,本物の電話ボックスであれば1つの面(出入口面)にある縦長の蝶番は存在しない。屋根は黄緑色である。内部には,支柱の1つに黄緑色で公衆電話機様の造作(以下,単に公衆電話機という。)が固定され,その少し下に,薄い灰色で正方形の棚が設置されている。公衆電話機の受話器は,受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している。水は,電話ボックス全体を満たしているのではなく,上部にいくらかの空間が残されている。金魚の数は,展示をするごとに変動するが,少なくて50匹程度,多くて150匹程度である。

事件の経緯

なお、控訴人より被控訴組合に対して申し入れ・交渉が行われ、一時は「金魚の電話ボックスは控訴人が初めて発表した」ことなどの説明書が被告作品に掲示されたが、その後交渉は決裂H30.4に著作権侵害は否定しつつ被告作品は撤去。

[控訴審での判断]

争点(1)著作物性について

まず、裁判所は著作物について改めて以下のとおり確認しています。

著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」をいうから(同法2条1項1号),ある表現物が著作物として同法上の保護を受けるためには,「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければならない。第1に,思想又は感情自体ではなく「表現したもの」でなければならないということであり,第2に,「創作的に表現したもの」でなければならないということである。そして,創作性があるといえるためには,当該表現に高い独創性があることまでは必要ないものの,創作者の何らかの個性が発揮されたものであることを要する。表現がありふれたものである場合,当該表現は,創作者の個性が発揮されたものとはいえず,「創作的」な表現ということはできない。また,ある思想ないしアイデアの表現方法がただ1つしか存在しない場合,あるいは,1つでなくとも相当程度に限定されている場合には,その思想ないしアイデアに基づく表現は,誰が表現しても同じか類似したものにならざるを得ないから,当該表現には創作性を認め難い。

本事件で問題となるのは、原告作品のアイデアには創作性があるといえるのか、という部分です。原告作品のうち、本物の電話ボックスと異なる外観は以下のとおりとなり、それぞれ判断がされています。

第1:電話ボックスの多くの部分に水が満たされている。

→電話ボックスを水槽に見立てるという斬新なアイデアを形にして表現したものといえるが,表現の選択の幅としては,入れる水の量をどの程度にするかということしかない。(中略)電話ボックスに水が満たされているという表現だけを見れば,そこに創作性があるとはいい難い。

第2:電話ボックスの側面の4面とも,全面がアクリルガラスである。

→縦長の蝶番が存在しないという表現(すなわち,電話ボックスの側面の全面がアクリルガラスであるという表現)に,原告作品の創作性が現れているとはいえない。
第3:その水中には赤色の金魚が泳いでおり,その数は,展示をするごとに変動するが,少なくて50匹,多くて150匹程度である。
→これも斬新なアイデアを形にして表現したものである。そして,金魚には様々な種類があり,(中略)このように表現の幅がある中で,原告作品における表現は,水中に50匹から150匹程度の赤色の金魚を泳がせるという表現方法を選択したのであるが,水槽である電話ボックスの大きさとの対比からすると,ありふれた数といえなくもなく,そこに控訴人の個性が発揮されているとみることは困難であり,50匹から150匹程度という金魚の数だけをみると,創作性が現れているとはいえない。
第4:公衆電話機の受話器が,受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している。
→人が使用していない公衆電話機の受話器はハンガー部に掛かっているものであり,それが水中に浮いた状態で固定されていること自体,非日常的な情景を表現しているといえるし,受話器の受話部から気泡が発生することも本来あり得ないことである。そして,受話器がハンガー部から外れ,水中に浮いた状態で,受話部から気泡が発生していることから,電話を掛け,電話先との間で,通話をしている状態がイメージされており,鑑賞者に強い印象を与える表現である。したがって,この表現には,控訴人の個性が発揮されているというべきである。

以上のとおり、第1、3はアイデアを形にして表現したものであるものの創作性を認めることはできないと判断されています。もっとも、これらの点は第4の点を加えることで「電話ボックス様の水槽に50匹から150匹程度の赤色の金魚を泳がせるという状況のもと,公衆電話機の受話器が,受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生しているという表現において,原告作品は,その制作者である控訴人の個性が発揮されており,創作性がある」と判断され、著作物性が認められました。

争点(2)著作権侵害について

原審では複製権侵害が主張されましたが、控訴審ではそれに加え仮に複製権侵害でないとしても翻案権の侵害である旨が主張されています。その前提として両作品の共通点及び相違点について以下のとおり確認されています。

[共通点]

公衆電話ボックス様の造作水槽(側面は4面とも全面がアクリルガラス)に水が入れられ(ただし,後記イ⑥を参照),水中に主に赤色の金魚が50匹から150匹程度,泳いでいる。
公衆電話機の受話器がハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している

[相違点]

公衆電話機の機種が異なる。

公衆電話機の色は,原告作品は黄緑色であるが,被告作品は灰色である。

電話ボックスの屋根の色は,原告作品は黄緑色であるが,被告作品は赤色である。
公衆電話機の下にある棚は,原告作品は1段で正方形であるが,被告作品は2段で,上段は正方形,下段は三角形に近い六角形(野球のホームベースを縦方向に押しつぶしたような形状)である。
原告作品では,水は電話ボックス全体を満たしておらず,上部にいくらかの空間が残されているが,被告作品では,水が電話ボックス全体を満たしている。
被告作品は,平成26年2月22日に展示を始めた当初は,アクリルガラスのうちの1面に縦長の蝶番を模した部材が貼り付けられていた。

以上、共通点については、原告作品のうち表現上の創作性のある部分と重なる一方、相違点は創作性のない部分(本物の公衆電話ボックスにおいてみられるものや公衆電話の利用者/鑑賞者が注意を向ける部分ではない)と判断された結果、以下のとおり原告作品を複製したものと認定されました。

被告作品は,原告作品のうち表現上の創作性のある部分の全てを有形的に再製しているといえる一方で,それ以外の部位や細部の具体的な表現において相違があるものの,被告作品が新たに思想又は感情を創作的に表現した作品であるとはいえない。そして,後記(3)のとおり,被告作品は,原告作品に依拠していると認めるべきであり,被告作品は原告作品を複製したものということができる。

 依拠性については、控訴人が平成24年に「テレ金」の展示に関して、平成25には「金魚電話」の展示に関して、その主催者などや控訴人P2に抗議をしており、これら種々の状況を鑑み、遅くとも平成25年12月までに被控訴人は原告作品の存在、控訴人が著作権を主張していることを知ったと認めらえると判断し、「テレ金」に関して、以下のとおり依拠性があると判断しています。

原告作品を制作した平成12年12月頃,前記(1)の共通点を備えた作品はもとより,公衆電話ボックスを水槽に見立てた作品が存在したと認めるに足りる証拠はない。上記作品の基礎となったアイデア自体斬新といえるが,これに伴う前記(1)の共通点①に加え,創作性の根拠となった共通点②を備えたものが独立して制作されることは経験則上ないといってよいと考える。原告作品が展示されたり,報道されたりした状況は,前記認定事実(1)のとおりであるが,上記「テレ金」制作に関わった人物たちは,美術を専攻する者であったことを考えると,原告作品を紹介する媒体やこれに関する情報に接する機会は多いといえる。また,原告作品と被告作品との相違点は,前記(1)のとおりであるが,そのような相違点が生じたのは,たまたま,金魚部が,使用されなくなった電話ボックスを入手し,これを使用して「テレ金」を制作し,これが被告作品に受け継がれたという経緯に基づくものであり,新たな創作を加えたというような状況はない。また,原告作品と「テレ金」との間には,金魚の数や気泡発生装置を別途備える点の相違点があるが,この相違点は,金魚の数が多かったため,気泡発生装置を別途備える必要があったことに基づくものに過ぎない。このような事情を併せ考慮すると,「テレ金」は,原告作品に依拠して制作されたものと推認することが可能である。

 なお、被告作品の制作に関しては、金魚部が制作した「テレ金」を承継したため、被控訴人らは被告作品を制作していない旨を主張していますが、被告作品は「電話ボックス様の造作水槽に水を入れ,金魚を泳がせ,受話器を水中に浮かせた状態で固定してその受話部から気泡を発生させることで制作することができる」ため、平成26年2月の喫茶店で展示をするにあたってこれらの作業をすることで被控訴人P2は被告作品を制作し、被控訴組合も被告作品の設置、展示について主体的に行っているため、共同して被告作品を制作したと判断されています。

その他、氏名表示権及び上記相違点により同一性保持権も侵害したと認定され、著作権侵害及び著作者人格権侵害による損害がそれぞれ25万円、弁護士費用5万円(通常、請求認容額の1割のため)として合計55万円の損害賠償額が認定されました。

原審においては、原告作品の著作物性自体は肯定されましたが、本事件において創作性が認められた第4の点について、この部分も方法の選択肢が限られる保護の及ばないアイデアに過ぎないとして複製権侵害は否定されていました。「アイデア」の保護、というのは非常に難しい問題であり、著作物に現れた場合にどこまでが保護の及ばないアイデアであり、どこからが創作性のある部分となるのかの判断が原審と控訴審とで分かれた事件であるといえます。

服部京子

服部京子