令和2年(ワ)第14629号 意匠権侵害差止等請求事件
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/586/090586_hanrei.pdf
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/586/090586_option1.pdf(添付文書)
■事件の概要
本件は、「ヘアキャッチャー」の意匠に係る意匠権を有する原告が、100円均一商品等の販売等を行う被告による被告製品の販売等が本件意匠権を侵害するとして、その差止め及び廃棄を求めるとともに、損害賠償金等の支払いを求めた事案です。
裁判所は、被告意匠は本件意匠に類似していないと判断し、原告の請求を棄却しました。
■主な争点
・被告意匠は本件意匠と類似するか
■裁判所の判断
裁判所はまず、ヘアキャッチャーのうち需要者が注目する部分として、風呂場等の排水口の上に設置された状態において視認することができ、髪の毛等が排水口に流れないようにする部分、すなわち、捕捉部及び渦流生成部が、需要者が着目する部分としました。その渦流生成部において、引用意匠は斜面体の外周部に堰部(上記引用意匠の【斜視図】のうち黄色マーカーで囲んだ番号16が示す部分)が設けられた形状であるのに対し、本件意匠にはそれがないため、両意匠は類似しないと判断しました。
なお、需要者が注目する点とした捕捉部及び渦流生成部における、両意匠の共通点である「補足部を中心とする等角度位置に配置された複数の斜面体を設ける構成」については、複数の公知意匠でも見られるものであるため、類否判断に与える影響は大きくないとしました。
以下、両意匠の共通点と差異点の評価と意匠の類否判断の部分を引用します。
ア 共通点の評価
本件意匠と被告意匠は,基本的構成態様において共通し,また,具体的構成態様のうち,共通点1から5において共通する。
このうち,本件意匠の基本的構成態様は,需要者の注意を引くべき形状等とはいえず,類否判断に当たって,それが共通することを大きく取り扱うことは相当ではない。
具体的構成態様の共通点のうち,共通点1及び2は,需要者の注意を引くべき形状等に係るものであり,これらが共通することは,類否判断に影響を与える。もっとも,渦流生成部において,捕捉部を中心とする等角度位置に配置された複数の斜面体を設ける構成を有する公知意匠があり(前記(4)ウ(ア)),この点を特に大きく取り扱うことは相当とはいえない。
共通点3から4は,フランジ部の形状等であり,需要者が注意を引くべき部分の形状等ではなく,また,フランジ部においてその形状等が占める割合も大きくなく,類否判断に与える影響は小さいといえる。
イ 差異点の評価
本件意匠と被告意匠の具体的構成態様は,差異点1から6において異なる。
差異点1から4は,渦流生成部の形状であり,注意を引くべき形状等に関するものである。そして,本件意匠においては,渦流生成部を形成する4個の斜面体が,段差構造によって境界を形成するものであり,渦流生成部を形成する斜面体が,段差構造によって境界を形成し,斜面体を区切る構造体がないという形状等が,注意を引くべき形状等に含まれるといえるところ,差異点1は,その形状等に係るものである。本件意匠が上記の形状等であるのに対し,被告意匠においては,本件意匠と異なり,斜面体の外周部には,堰部が設けられている。斜面体の段差構造によって境界を形成するか,別に堰部を設けるかは,その形状等自体が明確に異なるものである。ヘアキャッチャーの需要者は,それが排水口の上に設置された際等も含めてその真上からだけでなく,やや斜め上から見る場合も多いといえるところ,斜視図等(別紙本件意匠,本件意匠説明図,被告意匠目録,被告意匠説明図,本件意匠・被告意匠対照表)に特に明らかなとおり,需要者は,本件意匠の渦流生成部は平面状の斜面体のみで構成されるやや平板な段差構造であることを認識するのに対し,被告意匠では,斜面体の外周部に斜面体に対し垂直方向に突出する堰部があることを認識し,斜面体から堰部が突出していること及び堰部によってもたらされる別の斜面体との段差が強く印象付けられる。また,本件意匠では,斜面体のみで渦状模様を生じさせるものであり,渦流生成部が平面状の斜面体のみからなり,渦状模様もあっさりした印象を与える。これに対し,被告意匠では,堰部によって各斜面体が明確に区別され,堰部自体も斜面体と独立して渦状模様を顕出させるものであって,このことにより斜面体と堰部それぞれによって二重の明確な渦状模様を生じさせるという印象を与えるものである。したがって,差異点1は,本件意匠と被告意匠の類否判断に大きく影響を与える。
差異点2(斜面体の個数)及び3(斜面体の形状)も,需要者の注意を引くと考えられる渦流生成部の形状に係る差異であり,類否判断に影響を与えるといえる。もっとも,本件意匠と被告意匠において,斜面体の形状は,いずれも最も長い曲線が内側に湾曲する3つの線で囲まれるものであり,その形状の差は大きなものとはいえない。そして,本件意匠と被告意匠では,このような形状の斜面体がいずれも捕捉部を中心として等角度位置に配置されていて,斜面体の形状に大きな差がないことからも,その個数が6個であっても4個であっても,数個の斜面体で構成されているとの印象を与える側面があり,個数の差が美感に与える影響は必ずしも大きなものであるとはいえない。差異点4(捕捉部の形状)は,需要者の注意を引くと考えられる捕捉部の形状に係る差異であり,本件意匠の捕捉部には整流体がないのに対し,被告意匠には,本件意匠にはない整流体があり,それが膨出していることからも,類否判断に一定の影響を与えるといえる。
差異点4から6は,いずれも,需要者の注意を引くとはいえない,フランジ部における差異であり,その差異も大きくなく,類否判断に与える影響は大きくないといえる。
ウ 類否判断
以上によれば,本件意匠と被告意匠は,基本的構成態様で共通し,具体的構成態様においても,注意を引くべき形状等に係る共通点1及び2において共通する。もっとも,本件意匠の基本的構成態様は,注意を引くべき形状等とはいえず,また,具体的構成態様の共通点も類否判断に与える影響を特に大きく取り扱うことは相当ではない。
他方,本件意匠と被告意匠の具体的構成態様の差異のうち,差異点1は,本件意匠において特に注意を引くべき形状等に関する差異であり,被告意匠には本件意匠には見られない堰部があるのであり,前記のとおり,それが類否判断に与える影響は大きい。また,差異点4も類否判断に一定の影響を及ぼす。
これらからすると,本件意匠と被告意匠の差異点から受ける印象は,本件意匠と被告意匠の共通点から受ける印象を凌駕するものであるといえる。よって,被告意匠は,本件意匠に類似していないというべきである。