ヒルドイド事件【商標判決紹介】

令和3年(行ケ)第10030 審決取消請求事件(知的財産高等裁判所第4部

判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/541/090541_hanrei.pdf

原告:マルホ株式会社

被告健栄製薬株式会社

〔事件の概要〕

 本件は、本件商標「ヒルドソフト」(登録第6178215号)に対する登録無効審判不成立審決に対する取消訴訟である。

原告は、本件商標「ヒルドソフト」の登録は、原告保有の商標「Hirudoid」(登録第459931号、以下「引用商標1」という。)及び「ヒルドイド」(登録第1647949号、以下「引用商標2」という。また、引用商標1及び2をまとめて「引用商標」という。)との関係で、商標法第4条第1項第11号及び第15号に該当するとして無効審判を請求したが、特許庁はその登録を無効にすることができないとの審決をした。そこで、当該審決の取消を求めたのが本件訴訟である。

〔裁判所の判断〕

1.商標法第4条第1項第11号該当性

本件商標の取引者及び需要者は、医薬品を処方する医師及び薬剤師等の医療関係者のみならず、一般消費者も含まれることになると判断した上で、

「本件商標と引用商標1を対比すると、本件商標は、『ヒルドソフト』 の片仮名6文字の標準文字からなるのに対し、引用商標1は、『Hirudoid』の欧文字8文字を別紙1の1の書体で書してなるものであり、このような構成文字の種類、書体及び文字数の差異から、両商標は、外観上明確に区別することができ、外観において明らかに相違する。

また、本件商標は、『ヒルドソフト』の称呼が生じるのに対し、引用商標1は、『ヒルドイド』の称呼が生じ、語頭3文字の『ヒルド』は共通するものの、それに続く『ソフト』と『イド』の語数と音の違いによって両者は明瞭に聴別することができるから、両商標は、称呼において明らかに相違する。

したがって、本件商標と引用商標1は、外観及び称呼において明らかに相違し、両商標ともに特定の観念を生じさせないから、本件商標と引用商標1を本件商標の指定商品である『薬剤』に使用したときに、その出所について誤認混同を生じさせるおそれがあるものと認めることはできないから、本件商標は、引用商標1に類似する商標であるということはできない。」と判断しました。

 引用商標2との関係においても、同様に、本件商標と引用商標2は類似しないと判断されています。

 そして、原告が本件商標の「ソフト」は本件商品「薬剤」の分野では識別力が弱いから本件商標の要部は「ヒルド」であると主張した点については、

「本件商品の指定商品である『薬剤』の分野では,商品名の『ソフト』の使用例は様々であり,「○○ソフト」という例をとっても,『ソフト』 は一般的に日本人にも馴染みのある『SOFT』の片仮名表記であり,その意味する『柔らかい』というイメージを『○○』という商品名と一体となって,需要者にその薬剤の薬効等が『柔らかい』というイメージを想起させるものであるから,『○○ソフト』における『○○』のみが自他商品識別機能を有しており,『○○』と比べて『ソフト』の部分の自他商品識別機能が弱いとまでは必ずしもいえない」と判断しました。

2.商標法第4条第1項第15号該当性

 15号該当性については、「仮に原告使用商標が周知著名であるとしても原告使用商標は Hirudoid又はヒルドイドとして認知されているのであって、『Hirudo又はヒルドとして認知されているわけではなくまた本件全証拠を精査しても薬剤の取引の分野において販売名の語頭3文字に略して取引されているといった取引の実情を認めるに足りる証拠はないことからすると一般消費者を含む取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準としても本件商標を付した一般用医薬品又 医薬部外品について原告が製造販売したものであり又は原告と経済的若しくは組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのようにその商品の出所について混同を生じるおそれがあるものと認めることはできない」と判断し、4115号該当性を否定しました。

【コメント】

原告は、本件商標と引用商標が類似であるとの主張理由の一つとして、医薬品の取引の実態として語頭3文字が共通することにより取引者及び需要者が出所を混同する恐れがあることを挙げました。

この点について裁判所は「2014年度は、・・・本件商標と引用商標のように称呼が頭文字3文字で共通する事例は、『ヒヤリ・ハット」』事例として報告された5399件のうち153件(約2.8%)であるにすぎず薬剤師が業務上通常要求される注意をもってしても,頭文字3文字以上が共通する薬剤について日常的に取り違えの事故が生じていると認めることはできない(なおこうした名称類似による医薬品の取り違えにより薬効の異なる薬剤が患者に交付されることになり医療事故が懸念されるというのであればそれはそもそも商標の分野で規制すべき問題ではなく医療行政における規制の問題であるというべきである。)。」と判断しました。

清水三沙

清水三沙