ルブタン・レッドソール事件【不競法判決紹介】

平成31年(ワ)11108号 不正競争行為差止等請求事件(東京地裁)

判決文: https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/030/091030_hanrei.pdf

事件の概要

 本事件は、高級ファッションブランド「クリスチャン ルブタン」のデザイナー及び女性用ハイヒール靴を製造販売等するクリスチャン ルブタン エス アー エスが、靴底に赤色を使用した女性用ハイヒール靴(被告商品)を製造販売等する被告に対して、その行為が不正競争防止法2条1項1号及び2号の不正競争行為に該当するとして、その製造販売等の差し止め及び損害賠償等を求めたものです。

 

 

 ルブタンのレッドソールの女性用ハイヒール靴についてはご存じの方も多いと思います。ルブタンは(厳密には個人名義のようですが、ここでは区別せずルブタンとさせてもらいます。)このレッドソールの女性用ハイヒール靴を商標出願しており、現在拒絶査定不服審判で争っているところですが、本不正競争事件でもこの出願に係る商標及びそこで指定しているパントンカラー(PANTONE 18-1663TP)に言及し、原告表示の特定に用いています。

 

 

 

 本事件では、不競法2条1項1号の商品等表示該当性が問題となっており、以下この点に係る裁判所の判断を見ていきたいと思います。

 

不競法2条1項1号の商品等表示性について

 本件は色彩の商品等表示性が問題となっていますが、色彩は商品の形態に含まれるものです。何度も取り上げているように商品の形態について商品等表示性が認められるには、①客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴(特別顕著性)及び②周知性が必要であると解されています。

 本事件において特定されている原告表示は、原告赤色(前述のパントンカラー)が靴底に付された女性用ハイヒール靴であることから非常に広範な範囲にわたるものであり、この点が問題となっています。すなわち、原告表示は「その形状に結合した模様、光沢、質感及び靴底以外の色彩その他の特徴については何ら限定がなく、靴底に付された唯一の色彩である原告赤色も、それ自体特別な色彩であるとはいえないため、被告商品を含め、広範かつ多数の商品形態を含む」ということです。

 このような多数の商品形態を含む商品等表示について、裁判所は以下のとおり説示しています(下線は筆者、以下同様)。

商品に関する表示が複数の商品形態を含む場合において、その一部の商品形態が商品等表示に該当しないときであっても、上記商品に関する表示が全体として商品等表示に該当するとして、その一部の商品を販売等する行為まで不正競争に該当するとすれば、出所表示機能を発揮しない商品の形態までをも保護することになるから、上記規定の趣旨に照らし、かえって事業者間の公正な競争を阻害するというべきである。のみならず、不競法2条1項1号により使用等が禁止される商品等表示は、登録商標とは異なり、公報等によって公開されるものではないから、その要件の該当性が不明確なものとなれば、表現、創作活動等の自由を大きく萎縮させるなど、社会経済の健全な発展を損なうおそれがあるというべきである。そうすると、商品に関する表示が複数の商品形態を含む場合において、その一部の商品形態が商品等表示に該当しないときは、上記商品に関する表示は、全体として不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である

これらの点を念頭においた、原告商品及び被告商品についての検証結果・判断が以下のとおりです。

原告商品の靴底は革製であり、これに赤色のラッカー塗装をしているため、靴底の色は、いわばマニュキュアのような光沢がある赤色(以下「ラッカーレッド」という。)であって、原告商品の形態は、この点において特徴があるのに対し、被告商品の靴底はゴム製であり、これに特段塗装はされていないため、靴底の色は光沢がない赤色であることが認められる。そうすると、原告商品の形態と被告商品の形態とは、材質等から生ずる靴底の光沢及び質感において明らかに印象を異にするものであるから、少なくとも被告商品の形態は、原告商品が提供する高級ブランド品としての価値に鑑みると、原告らの出所を表示するものとして周知であると認めることはできない。そして、靴底の光沢及び質感における上記の顕著な相違に鑑みると、この理は、赤色ゴム底のハイヒール一般についても異なるところはないというべきである。

したがって、原告表示に含まれる赤色ゴム底のハイヒールは明らかに商品等表示に該当しないことからすると、原告表示は、全体として不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないものと認めるのが相当である。

 つまり、原告表示は赤色の靴底の女性用ハイヒール靴としていることから、原告表示にはA原告商品(靴底が革製でラッカー塗装されたことにより光沢がある赤色が特徴の商品)やB被告商品(靴底がゴム製で特段の塗装はされておらず光沢がない赤色の商品)、またCその他赤色の靴底の商品が含まれることになります(ABCの区分けは便宜上、筆者が付けたものです)。しかし、原告が販売しているのはAの形態的特長を有する原告商品だけですので、その販売等によりBの形態的特長を有する商品にまで原告の周知性が及んでいるとはいえないということです。

 原告表示にはA、B、Cといった特徴の形態が含まれるとすると、商品等表示性が認められるには、A、B、Cそれぞれの特長の形態について特別顕著性、周知性を立証しなければならないところ、Bの形態の周知性を否定されたため、原告表示自体の商品等表示性が否定されることになりました。

 なお、本件判決では引き続き靴に使用される赤色について以下のとおり判断しています。

そもそも靴という商品において使用される赤色は、伝統的にも、商品の美感等の観点から採用される典型的な色彩の一つであり、靴底に赤色を付すことも通常の創作能力の発揮において行い得るものであって、このことはハイヒールの靴底であっても異なるところはない。そして、原告赤色と似た赤色は、ファッション関係においては国内外を問わず古くから採用されている色であり、現に、前記認定事実によれば、女性用ハイヒールにおいても、原告商品が日本で販売される前から靴底の色彩として継続して使用され、現在、一般的なデザインとなっているものといえるそうすると、原告表示は、それ自体、特別顕著性を有するものとはいえないまた、前記認定事実によれば、日本における原告商品の販売期間は、約20年にとどまり、それほど長期間にわたり販売したものとはいえず、原告会社は、いわゆるサンプルトラフィッキング(雑誌編集者、スタイリスト、著名人等からの要望又は依頼に応じて、これらの者が雑誌の記事、メディアでの撮影等で使用するため原告商品を貸し出すという広告宣伝方法をいう。)を行うにとどまり、自ら広告宣伝費用を払ってテレビ、雑誌、ネット等による広告宣伝を行っていない事情等を踏まえても、極めて強力な宣伝広告が行われているとまではいえず、原告表示は、周知性の要件を充足しないというべきである。したがって、原告表示は、そもそも出所表示要件を充足するものとはいえず、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当するものとはいえない。

 

混同性について

上述のとおり、商品等表示性が否定されておりますが、裁判所は混同が生じないことについても判断していますので、興味のある方はご参考下さい。

 原告商品は、最低でも8万円を超える高価格帯のハイヒールであって、靴底のラッカーレッド及びその曲線的な形状に加え、靴の形状、ヒールの高さその他の形態上の顕著なデザイン性を有する商品であるのに対し、被告商品は、手頃な価格帯の赤色ゴム底のハイヒールであることからすると、ハイヒールの需要者は、両商品の出所の違いをそれ自体で十分に識別し得るものと認めるのが相当である。さらに、いわゆる高級ブランドである原告商品のような靴を購入しようとする需要者は、その価格帯を踏まえても、商品の形態自体ではなく、商標等によってもその商品の出所を確認するのが通常であって、原告商品、被告商品とも、中敷や靴底にブランド名のロゴが付されているのであるから、需要者は当該ロゴにより出所の違いを十分に確認することができる。しかも、原告商品のような高級ブランド品を購入しようとする需要者は、自らの好みに合った商品を厳選して購入しているといえるから、旧知の靴であれば格別、現物の印象や履き心地などを確認した上で購入するのが通常であるといえ、上記の事情を踏まえても、このような場合に誤認混同が生じないことは明らかである。

このような取引の実情に加え、原告商品と被告商品の各形態における靴底の光沢及び質感における顕著な相違に鑑みると、原告商品と被告商品とは、需要者において出所の混同を生じさせるものと認めることはできない。

 判決は原告表示に特別顕著性はないとしていますが、先に見た通り原告表示は複数の形態が含まれる広い範囲のものですので、原告表示を「革製でラッカー塗装されたことにより光沢がある原告赤色が付された女性用ハイヒール靴」にしたら、この判断は変わっていたでしょうか。しかし、そうなると被告商品の形態的特徴とは異なるので類似性が否定されてしまうのではないでしょうか。

 今回の判決は商標出願中の原告にとっては手痛いものとなってしまいました。商標出願については、2015年4月1日に出願、2019年7月30日に拒絶査定が出たのち、10月29日付にて拒絶査定不服審判が請求されておりますが、依然審理は継続中です。当該商標出願では情報提供が繰り返されるとともに及び様々な人の閲覧請求により経過情報がすごいことになっています。

 ルブタンのレッドソールの商標については各国で色彩の商標として登録が認められており、海外における訴訟も有名です。例えば2012年米国でのイヴ・サンローランとの商標権侵害訴訟では、靴底が赤く上部の色とコントラストをなしているものについてのみ使用による識別力が認められており、イヴ・サンローラン側の商品が靴底も含めた赤色単色のものであったためルブタン敗訴となっています。欧州でも商標の有効性について争われましたが有効性は認められました。

 日本でもルブタンのハイヒール靴商標が単色の色彩による登録となるかとの見方もあり、先のとおり多くの人が閲覧請求をかけるなど注目を集めている出願です。新しいタイプの商標が導入されて早6年ですが、事態がどのようになっていくのか、引き続き注目の事案だと思います。

服部京子

服部京子