「音楽マンション」事件 【商標判決紹介】

本日ご紹介するのは、私が2月に岡山で講師をした研修会(テーマは「最近の裁判例の紹介」)で反響が多かった事件です。

 

【事件番号】平成28(行ケ)10191

【事件名】審決取消請求事件

【裁判年月日】平成29年5月17日

【裁判所名】知的財産高等裁判所

【関連条文】商標法第3条1項6号

 

〔事件の概要〕

原告が、被告の商標「音楽マンション」(登録番号第5675530号)に対し商標法第3条1項6号に該当する旨の無効審判を請求したところ(無効2015-890094)、審判段階では無効とならなかったため、原告が審決取消訴訟を請求したものです。
なお、原告は被告(商標権者)の出願より10年以上前に「音楽マンション」について商標出願し、自他商 品識別力がない旨の拒絶理由を通知されて意見書で反論を行ったものの、拒絶査定になったという経緯があります。

〔本件商標〕

商標:「音楽マンション」

登録番号: 第5675530号

出願日:平成25年5月9日/登録日:平成26年6月6日

商品及び役務の区分並びに指定役務:

第36類「建物の管理,建物の貸与,建物の売買,建物又は土地の情報の提供」

第37類「建設工事,建設工事に関する助言」

 

〔審決の理由の要点〕

(1) 本件商標は「音楽マンション」という文字からなるところ「音楽」の文字は「音による芸術,拍子,音色, ミュージック」等を意味し,他方,「マンション」の文字は,「中高層の集合住宅」等を意味する。そして,「音楽」の文字と「マンション」の文字を一連に結合した「音楽マンション」という文字は,その構成文字全体から, 特定の意味合いを有しないものであり,一種の造語として理解されるものである

(2) そして,本件各証拠によれば,「音楽マンション」という文字を見いだすことができるものの,「音楽マンション」という一定の質,内容が特定されるような建造物は,建物の種類として普通に存在するものではなく, 音響性能に特化したものの例示として用いられる場合がほんの数例見て取れるにすぎない。また,「音楽マンション」という文字全体が本件商標の指定役務である「建物の管理,建物の貸与,建物の売買,建物又は土地 の情報の提供」及び「建設工事,建設工事に関する助言」について,その役務の質等を表すものとして使用さ れている事実,あるいは,当該文字全体が自他役務の識別標識として機能しないとするような事実は,本件全証拠からは見いだすことができない。

(3) そうすると,本件商標は,需要者が何人かの業務に係る役務であることを認識し得ないとすべき理由を見いだすことはできないから,自他役務の識別標識としての機能を十分に果たし得るものというべきである。 したがって,本件商標は,その指定役務に使用しても,需要者が何人かの業務に係る役務であることを認識することができない商標ということはできず,商標法3条1項6号に該当しない。

 

〔裁判所の判断〕

まず、「音楽マンション」の商標法3条1項6号該当性については、 「本件商標は,『音楽マンション』という文字から構成されているところ,音楽という文字とマンションと いう文字をそれぞれ分離してみれば,前者が「音による芸術」を意味し,後者が「中高層の集合住宅」を意味 するところ,両者を一体としてみた場合には,その文字に即応して,音楽に何らかの関連を有する集合住宅という程度の極めて抽象的な観念が生じるものの,これには,音楽が聴取できる集合住宅,音楽が演奏できる集合住宅,音楽家や音楽愛好家たちが居住する集合住宅などの様々な意味合いが含まれるから,特定の観念を生じさせるものではない。そうすると,「音楽マンション」という文字は,・・・需要者はこれを造語として理解するというのが自然であり,本件商標の指定役務において,特定の役務を示すものとは認められない。」として、 3条1項6号該当性を否定しました。

次に、原告が使用例とともに行った「『音楽マンション』という文字は、本件商標の申請以前から一定の意味で公然と用いられていたと認められるから造語ではない」という主張に対しては、 「前記認定事実によれば,『音楽マンション』という文字が遮音性の高いマンションを示すものとして使用された事例が認められるものの,そのほとんどは,原告が建設した特定のマンションを示すものであるから, 個別具体的なマンションの意味を超えて,「音楽マンション」という文字がマンションの一定の質,特徴等を表すものとして一般に使用されていたと認めることはできない。そうすると『,音楽マンション』という文字が, 本件商標の申請以前から一定の意味で公然と用いられていたとは認められない。」として、原告の主張を否定 しました。

さらに、原告が自分の出願のときは拒絶査定であったのに、本件商標を登録査定とするのは「平等原則, 禁反言の原則,信義則にそれぞれ違反する」との主張に対しては、 「しかしながら,・・・『音楽マンション』という文字は,本件商標の指定役務において,特定の役務を示す ものとはいえず,需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができないものとはいえないから,・・・そうすると,上記拒絶査定は,どのような資料に基づいて判断されたかは必ずしも明確でないものの,商標法3条1項6号該当性についての判断に誤りがあるものといわざるを得ないから,これに対する不服審判請求に係る審決等において取り消されるべきものと解される。それにもかかわらず,原告は,不服審判請求をするなどして正しい判断を求めなかったのであるから,原告の主張は,失当であるというほかない。」として、原告の主張を退けました。

 

***コメント***

冒頭でも述べましたように、本事件を研修会で取り上げた際、研修会終了後に「拒絶査定を受けた原告は、 その後どうすればよかったのか」という質問が複数の方からありました。 私自身「3条拒絶⇒識別力がない⇒安心して使えますよ」とアドバイスしてしまうことがあるのですが、 その際に「安全な使い方」という視点も含めてアドバイスできていたかは自信がなく、「どうすればよかったのか」と聞かれると、正直、答えるのが難しかったです。

教科書的に回答するなら「審査段階で判断するのは不十分で、安心して使いたいのなら拒絶査定不服審判まで判断を求める必要がありますよ。」となりますが、「どうすればよかったのか」という回答にはなりませんよね。また、費用や審決までに時間がかかることを考えますと、なかなか拒絶査定不服審判まで請求できない というのが本音ではないでしょうか。 では、後願の登録を防ぐためにどうすればいいのか? 本件の裁判所の判断では、原告の「音楽マンション」の使用事実の主張に対して、「音楽マンション」の使用例が原告が建設した特定のマンションの使用例しかないこと、また「音楽マンション」という文字が使用されたにとどまり、これを具体的に説明する文章がなく、「音楽マンション」が特定の意味で使用されたとはいえないことを指摘しております。 それを参考に考えますと、拒絶査定後に原告が「『音楽マンション』とは、遮音性能に優れたマンションを意味します」というようにその意味付けを行った上で、品質表示的に使用し、さらに原告以外の複数の者も使用していれば、本件商標の登録を妨げることができたのでしょうか。 意味付けや品質表示的使用はできたとしても、必ずしも他の人が使ってくれるとは限らないですよね。。。 3条で拒絶になった商標の使い方について考えさせられる事件でした。

 

清水三沙

清水三沙